連載 Ledlenser PEOPLE #001 鈴木 斉さん(プロアングラー)

(photo & text: Koki Nojima: Ledlenser Japan)

連載 Ledlenser PEOPLE

#001 鈴木 斉さん(プロアングラー)

人に歴史あり、人に物語あり。仕事で、プライベートで、レッドレンザーと出会った方々とのストーリーを強く、優しく照らします。記念すべき第一話で光をあてたのは……

 

釣り人ならずとも出会うエピソードがある。文豪ヘミングウェイが残した有名な逸話が。

一日の終わり、穏やかな夕べ。カリブのマリーナで大富豪とガイドが肩を並べて釣り糸を垂れている。

大富豪がぽつり。「これまでわたしは死に物狂いで働いてきた。世間からは成功者と呼ばれ、欲しい物はすべて手に入れた。でもね、たまの休みにここへ来て、のんびり釣りをする…この時間が一番しあわせだ」。

するとガイドがひとこと。「ダンナ、これが成功ですって!? だったらあっしたちはガキの頃からずっとやってますぜ」。

プロアングラー 鈴木 斉(すずき ひとし、敬称略)
魚釣りに入れ込んだことがある御仁なら、一度ならず氏の活躍を目にしたことがあるはずだ。釣具店で、フィッシングショーで、メディアで、そしてYouTubeで。名だたる釣り具メーカーがスポンサーに名を連ね、日本を代表するトッププロ。それだけに同氏にまつわる情報は多い。

鈴木斉に関する有名なエピソードは、「もっと自由に釣りがしたい」その一心で長年勤めたフィッシングショップ店員の職を辞したという話だ。「今がチャンス、釣れる!」そうとわかれば、いても立ってもいられない。

気持ちはわかる。同じ釣り好きとして。サーファーだって、スキーヤーだって、ハイカーだってそうだ。自然を相手にしたアクティビティを楽しむなら、ベストコンディション(THE DAY)を追い求めるのは道理。だが大人には仕事がある。スケジュールがある。いうなれば仕事と趣味の主従関係。働かざる者食うべからず、そう学んだではないか。

著者は今回、初めて鈴木斉にお会いした。インタビューを終え、わかったことはひとつ。

この人はそんな世界に住んでいない。

実際、釣りの現場に居合わせた見知らぬお隣さんからも頻繁にこう聞かれるという「鈴木さんですよね。今日の釣りは取材(仕事)ですか、それともプライベート?」。

「確かに仕事を交えた釣りしかしないプロもいます。でも私は違う。プロとしての仕事以上に、とにかく釣りがしたいんです」、「よく誤解されるんですが大きい魚ばかり釣りたいわけじゃないんです。小鯵やサバ、イカを釣るのも楽しい」と。

鈴木斉といえば、昨今では外洋でのダイナミックな釣りをイメージする人も多い。その一方、本人が誰よりもわかっている。マグロはいつも釣れる魚ではないことを。裏を返せばアジやサバだって、しいてはハゼやワカサギだって、条件が悪ければ釣れないのだ。

狙った魚を釣るには、その魚が釣れるであろう瞬間に、その現場にいること。何よりも腕よりもTPOこそが成果を決定づける最大要因。鈴木斉は愚直なまでに、その原理原則に従うリアリストだ。だからこそタイミングにこだわり、判断に躊躇がない。

釣りたい魚が先にあるのではなく。むしろその逆。その時その瞬間に釣れる魚にあわせ最良の場所と釣り方を選択する。プロアングラーと聞くと誰よりも釣りがうまいことを想像してしまうが、鈴木斉の釣りとは、釣れるであろう瞬間にいあわせること。ゆえに情報を駆使し、誰よりも貪欲に行動する。

こんな質問を投げかけてみた。「生きていると様々な制約があります、もし仮に時間と金銭的な制約がないとしたら、鈴木さんはどこで、どんな釣りをしますか?」。するとほぼ間を置かず「小さくていいから機動力の高いボートが欲しい。いつでも使える優れた移動手段が目の前にあり、釣れる現場に駆け付けられるようにしたい」。そう即答する。

有り余る自由と引き換えに経費を切り詰めなければならい時代もあったはずだ。それでもブレない行動をつぶさに見てきた多くの仲間が、氏を尊敬し応援している。もちろんそれはスポンサー企業だけにとどまらない。

氏の活躍に自分自身の夢を重ねるファンの数はキャリアを重ねるごとに増え続け、それに応えるように環境とアングラーを守る活動も自ら率先して行なっている。そのすべてが鈴木斉を今の鈴木斉たらしめているのだ。

もうひとつ。鈴木斉は道具を大切に扱う人だ。

マリーナで見せていただいた愛艇NABLA号は、進水して3年が経過した今もピカピカに磨き上げられ、まるで新艇のよう。これにも明確な理由がある。船を頻繁に使うなら、マリーナでは係留保管が便利だ。しかし氏は陸揚げ保管を常としている。航行の抵抗になるフジツボなどの付着物を嫌っての判断。

このような美意識は歴代乗り継いでいる愛車のハイエースはもちろん、左手に巻かれたダイバーズウォッチもしかり、タックルしかり。あらゆるギアに浸透し徹底されている。


「フィッシングショップで長年勤めていたことも大きいけれど、もともと私はギア好きなんです。良いものを長く使いたいタイプですね」。ギアである以上は機能と信頼性が高いことは大前提だが、同時に手に取った際に感じる部分も重視する。敬意と愛着をもって接するからだ。厳選された自慢のギアたちが、自らの出番を心待ちにしてるように映るのはそれゆえ。


「ルアーにも木製のものと樹脂製があります。どちらが釣れるかといえば同じです。なんなら木製のほうが高価なのに耐久性が低い。でも木製のルアーは喰らいついてきた魚の歯形や傷さえ味になる。樹脂製のルアーのそれはただの汚れしかみえない」。自宅の釣り部屋には、仕留めた大物の歯形がくっきり残り、針が伸びた木製プラグが沢山あり、それこそが勲章だと微笑む。

鈴木斉がよく言うアドバイスがある。「ビギナーこそ良いギアを使うべき、良いギアは使い手の腕を補ってくれるから」。その言葉の意図を深く理解でき、解像度が高まるセッションだった。


釣れる瞬間に現場に居合わせることを信条とし、誇り高きギアとタックルで挑む。釣りあげた魚を手にしたときに見せるあの笑顔は、それを積み上げた結果なのだ。

良き仲間、良きギアに支えられ、進化を続ける鈴木斉のフィッシングライフ。
ヘミングウェイなら、そんな氏の人生をどう描くだろう…。考えるだけで最高だ。

 



NABLA号のデッキにて。2021年に進水した35フィートはいつも準備万端。

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